「むしろ面白かった」植松伸夫氏が明かすFF音楽の裏側──3音制約を楽しみ、『片翼の天使』を実験で生んだ創作哲学

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ゲーム音楽の歴史を語るうえで欠かせない存在、植松伸夫氏が、JASRACのインタビューで『ファイナルファンタジー(FF)』シリーズの音楽制作について語りました。ファミコン時代の技術的制約の中で、どのように名曲が生まれたのか。その創作の裏側と、ゲーム音楽の未来への展望が語られています。

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音楽のルーツ――プログレと民族音楽に魅了された青年時代

植松氏の音楽への道は、高知の「川村レコード」との出会いから始まりました。中学生の頃から音楽の仕事を志していた植松氏は、ピアノや吹奏楽の経験者に追いつくため、「誰よりも多くの音楽を知る」ことを選択します。同世代が聴いていた歌謡曲には興味を持てず、プログレッシブ・ロック、ジャズ、そして沖縄民謡や世界の民族音楽へと興味を広げていきました。

ピンク・フロイドやキング・クリムゾン、ピーター・ガブリエル在籍時のジェネシス、イタリアのプレミアータ・フォルネリア・マルコーニなど、当時はまだ知られていなかったバンドの音楽に没頭したといいます。「沖縄返還の頃で、沖縄民謡の独特な音階にも衝撃を受けて、そこから世界の民族音楽にも興味を広げていきました」と振り返っています。

この多様な音楽体験が、後のゲーム音楽制作における豊かな引き出しとなります。植松氏は自身を「独学で音楽を学んできた野良犬」と表現し、引き出しは全て「これまで聴いてきた音楽」だったと語っています。

ゲーム音楽への転身――偶然の出会いから始まった『FF』への道

ゲーム音楽に携わるようになったきっかけは、偶然の出会いでした。映画音楽を志していた植松氏でしたが、コネも実力もなく、日吉に住んでいた際、近くにあったスクウェア(現スクウェア・エニックス)に出入りするうちに「ゲームに曲を書いてみないか」と声をかけられたのです。

最初の仕事は、PCゲーム『クルーズチェイサー ブラスティー』の発売にあたり、おまけでつけるソノシート(販促用グッズとして当時普及していたビニール製のレコード)用に、ゲームの曲をシンセサイザーでアレンジすることでした。その後、スクウェアが株式会社になるタイミングで正式に社員となり、FF1の曲を作るようになります。

当時のゲーム会社は、音楽や小説、美術の道を目指してプロになれなかった若者が集まる場所でした。開発部門では27歳の植松氏が一番年上という、そんな時代だったといいます。

3音という制約を「ゲーム感覚」で楽しんだ制作現場

ファミコン時代のゲーム音楽は3音しか使えないという厳しい制限がありました。しかし植松氏は、この制約を創造性の源として捉えていました。「むしろ面白かったですよ。3つの電子音で何ができるのか、それこそゲーム感覚で楽しんでいました」と当時を振り返っています。

他のメーカーの音楽を参考にしながら、通常の和音ではなくアルペジオを使ったり、メジャーとマイナーを交互に使うなど、さまざまな工夫を試みていました。トラック1がメロディー、2が和音、3がベースという基本構成は、今でも変わっていないといいます。

プレイヤーを飽きさせない工夫も随所に施されました。FF3のフィールド曲では、3音のうち2音をずらしてエコーをかけて立体感を出し、FF7のフィールド曲ではワンループ4~5分の長尺を作成しました。さらに、町に入ってまた出たときに、曲が最初からではなく続きから流れるようプログラマーと工夫したといいます。「これ、苦労した割に気付かれないことが多いんですけど」と笑いながら語っています。

『メインテーマ』の進化――FF8で完成した壮大な楽曲

FFシリーズを象徴する『メインテーマ』は、シリーズが進むにつれて壮大なオーケストラアレンジへと進化しました。朗々とした美しく響き渡る楽曲のイメージは最初からあったものの、「さすがにオーケストラの音を3音に落とし込んだわけじゃない」と植松氏は笑います。「『そのとおり!』って言いたいところですけど」。

実はFF2では別のテーマ曲を作っていましたが、FF3でシリーズが続くことが決まり、FF1のメインテーマを復活させました。その後、シリーズが続く中で迷いがあった部分を少しずつ手直しし、「ようやく完成したと言える形になったのはFF8」と明かしています。FF8以降は譜面を変えていないとのことです。

ラスボス曲『片翼の天使』――実験のような制作手法

ラスボス曲の制作は毎回苦労するといいます。ゲームは何十時間もプレイするものなので、ラスボスの曲にはそれまでに出てこなかった新しい音やアイデアを入れたいという思いがありました。

FF7のバトル曲『片翼の天使』は「乱暴なオーケストラ」をテーマに、フレーズの断片を毎日作曲して溜めていき、それらを入れ替えたり転調させたり、つなぎ目を工夫して完成させたといいます。「面白ければ何でもいいや!」と、実験のような感覚で楽しんで作っていたと振り返っています。

植松氏は「制作の苦労と皆さんの評価というのは全く関係なくて、楽しんで作った曲がウケることもある、こんな幸せなことはない」と語り、やりがいを感じていることを明かしています。

すぎやまこういち氏との交流――励ましとユーモアに満ちたエピソード

『ドラゴンクエスト』の作曲家・すぎやまこういち氏との交流も、植松氏のキャリアに彩りを添えています。FF1を出した後、すぎやま氏の事務所から突然電話があり、「先生が褒めていらっしゃいましたよ。それでは」とだけ伝えられたといいます。「でもすごくうれしかったですね」と当時の喜びを振り返っています。

その後もすぎやま氏は毎回ゲームをプレイして感想を伝えてくれました。FF6のオペラシーンの曲については「オペラのことを何も知らないで書いただろ、相談してくれればよかったのに」と言われたとのことです。植松氏は笑いながら「FFの作曲をしているときに、ドラクエの作曲家に相談するわけにはいかないでしょ」と語っています。

また、すぎやま氏が木管四重奏によるゲーム音楽のコンサートを開催した際、FFの曲を演奏してくれました。その会場で、植松氏は人生で初めてサインを書いたことを覚えているといいます。

ゲーム音楽の未来――AIと人間の音楽の違い

ゲーム音楽は、ファミコン時代の3音からサンプリング音源へと進化し、音数が増え、音色の表情が豊かになりました。植松氏は、音楽に関しては「スタジオ録音の音が流せるようになったことが一つの完成形」という部分があると語っています。今後の課題としては、立体音響(バイノーラルサウンド)や、鳴っている音楽のスムーズな切り替えを挙げています。FF10では立体音響のアイデアを試しており、今後AIがこの分野で活躍する可能性を示唆しています。

生成AIによる楽曲制作については、植松氏は「僕はまだ使ったこと無いですし、使うことは無いかな」と語っています。「やっぱり多少苦労して自分の中から生み出したもののほうが満足感がある」とし、人は音楽を聴く時に「誰が作ったのか」という背景も一緒に楽しんでいる部分があると指摘しています。AIはそのような背景を持たないため、人間が紡ぐ音楽の「揺らぎや膨らみ」こそが魅力だと語っています。

今後の展望――インディーズゲームへの挑戦と多様な活動

植松氏は、今後のゲーム音楽制作について、「最初から最後まで1本丸々やることはありません」と語っています。ゲーム音楽の制作には最低でも1年、長ければ2年以上かかるため、元気に働ける残りの時間を考えると、ゲーム音楽だけをやっていたらあと数本しか作れないと考えたといいます。

ただし、ゲーム音楽を完全にやめるわけではありません。「作品のメインテーマや主題歌はガンガンやりたい」と意欲を示し、さらに「インディーズゲームの音楽とか作ってみるのも面白そうだな」と新たな挑戦への意欲を語っています。「ここ、ぜひ強調して書いてください」と笑いながら付け加えています。

近年は、ライブやトークショーなどのイベントも積極的に行っており、「聴きたいと言ってくれる人がいるなら、どんどんやりたい」と語っています。いつか一人で全国のライブハウスを回って、トークライブのようなものをやってみたいという夢も明かしています。

現在は、オリジナルの歌ものやアルバムの制作を進めており、年内にはいくつかライブが予定されています。来年には海外での活動も予定しており、「今、人生で一番忙しい」と語りながらも、精力的に創作活動を続けています。「毎日仕事をしていないと明日が来ないような気がしてしまうんですよ。食えない時代を経験した人って、多分一生こうなんでしょうね」と笑いながら語っています。

次世代の音楽家へのメッセージ――「音楽を聴く天才」になれ

音楽業界を志すクリエイターへ、植松氏は「とにかく音楽をいっぱい聴いてほしい」とメッセージを送っています。音楽は言語のようなもので、小さい子が日本語と英語をしっかり聴いて育てば自然と両方を話せるようになるのと同じように、音楽もいろんなジャンルを聴いていれば自然と理解できるようになるといいます。

「僕は『音楽を聴く天才』なので、何を聴いても楽しめるんです。誰でもこの天才にはなれるんですよ」と語り、作曲家を目指すなら引き出しが多い方がいいと強調しています。そして、「自分がなぜ音楽をやっているのか、何に感動したのかという土台を常に持つこと。その感覚を積み上げていけば、その人独自の音楽ができる」とアドバイスしています。

出典

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