小島秀夫監督の「ルッカの一枚」はなぜ物議を醸したのか?コジプロ声明とクルド問題の背景を整理

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ゲームクリエイターの小島秀夫監督がSNSに投稿した一枚の写真が、複数の国のメディアで議論を呼ぶ事態となり、2025年11月12日、所属するコジマプロダクションが公式に声明を発表しました。なぜ一枚の写真が、政治的意図を問われるほどの議論に発展したのでしょうか。その背景には、写真に同席したイタリア人漫画家Zerocalcare氏の作品が持つ政治的な象徴性と、トルコにおけるクルド人問題を巡る複雑で根深い事情がありました。本記事では、事の発端から声明発表までの全経緯を整理し、公開されている報道や声明をもとに、議論の背景となった文化的・政治的な文脈をまとめます。

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コジプロが公式声明で経緯を説明、「支持の意図ない」と表明

株式会社コジマプロダクションは11月12日、公式X(旧Twitter)アカウントを通じて声明を発表しました。これは、同社を率いる小島秀夫監督がSNSに投稿した一枚の写真を巡り、一部で政治的な憶測や批判が広がったことを受けたものです。声明では、当該の写真はイベント会場で短時間挨拶を交わした際に撮影されたもので、個人的な交流や協業関係はないと説明。その上で、「小島秀夫および弊社は、Zerocalcare氏の作品内容や政治的立場について事前の認識・理解を有しておらず、いかなる立場や主張に対する賛同や支持を示す意図もございません。」と表明しました。

なぜ一枚の写真が議論を呼んだのか?その発端と背景

発端:ルッカでの記念写真とSNS投稿

事の発端は、2025年10月末から11月にかけてイタリアで開催されたポップカルチャーの祭典「Lucca Comics & Games」での出来事でした。会場を訪れていた小島監督は、関係者からイタリアの著名な漫画家であるZerocalcare(本名: Michele Rech)氏を紹介され、短い挨拶を交わした際に記念撮影を行いました。その写真では、小島監督がZerocalcare氏の代表作である『Kobane Calling』を手に持っており、この一枚が小島監督のSNSアカウントに投稿されると、瞬く間に拡散していきました。

批判の核心:トルコで「テロ支援」と見なされた理由

この投稿に、特に強く反応したのが一部のトルコのゲームファンやメディアでした。その理由は、写真に写っていた漫画『Kobane Calling』が、シリアのクルド人武装組織YPG(人民防衛隊)への連帯を描いたルポルタージュ漫画であるためです。このYPGをトルコ政府は、テロ組織PKK(クルディスタン労働者党)と同一視し『テロ組織』とみなしていますが、米国主導の有志連合からは対IS作戦におけるパートナーと見なされるなど、その評価は国際的に分かれています。一部のトルコのゲームファンやメディアの視点からは、小島監督が「テロ組織を支持する作品」を手に、その作者と親しげに写真を撮った、と解釈されたのです。

イタリアのメディアなどでは、反ファシズムやマイノリティの権利を擁護する作家として語られてきたZerocalcare氏ですが、この認識のズレが、議論を招いた大きな要因の一つとなりました。

拍車をかけた『MGS』との「矛盾」という批判

議論をさらに加速させたのが、小島監督の代表作『メタルギアソリッド』シリーズのテーマ性との関連でした。同シリーズでは、一貫して戦争の悲惨さや子ども兵士の問題を批判的に描いてきました。一方で、YPGに対しては国連やヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体から、未成年兵士を徴用しているとの指摘がなされてきた経緯があります。トルコの一部メディアやファンは、「子ども兵士の問題を描いてきたクリエイターが、その問題を抱える組織を支持する作家と写真を撮るのは矛盾している」と批判し、この論点がトルコ側での批判の柱の一つとなりました。

憶測が憶測を呼ぶ事態へ、広がる議論の波紋

写真削除が招いたさらなる混乱

批判の激化を受け、小島監督のSNSアカウントから当該の写真は削除されました。しかし、この対応が事態を鎮静化させることはなく、むしろ「なぜ削除したのか」といった新たな憶測を呼ぶ火種となります。削除という行為自体がニュースとなり、トルコやイタリア、日本など複数の国で議論がさらに広がっていきました。

作家本人が釈明「困らせる意図はなかった」

渦中の人物となったZerocalcare氏本人も、11月4日ごろに自身のInstagramを更新。コミカルなアニメーション動画で経緯を説明しました。動画では、トルコからの強い反応にも触れつつ、写真はPRスタッフに促されて軽い気持ちで撮影したもので、小島監督を困らせる意図は全くなかったと説明しました。しかし、この釈明をもってしても、一度政治的なレッテルが貼られてしまったイメージを払拭するには至りませんでした。

公式声明が示した「線引き」と、現代のクリエイターを取り巻く環境

こうした状況下で発表されたコジマプロダクションの声明は、一連の出来事があくまで偶発的なものであり、そこに政治的な意図は一切存在しない、という明確な「線引き」を行うものでした。今回の件は、クリエイター本人の意図とは無関係に、SNS上の一枚の写真が、見る者の文化的・政治的背景によって全く異なる意味を持つ記号として解釈され、国際的な議論へと発展しうるリスクを浮き彫りにした出来事と言えるでしょう。


本稿は公開されている報道・声明などをもとに経緯を整理したものであり、特定の国家・団体・個人の支持や非難を目的とするものではありません。


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