『エルデンリング』のシステムデザイナー西田新一郎氏が2001年に語った『キングスフィールド』の設計原則——NPCとモンスターは同一パラメータだった

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フロム・ソフトウェアの西田新一郎氏は、2001年のインタビューで、自身が開発に携わった『キングスフィールド』(King’s Field)シリーズについて「既存のゲームに縛られていなかった」と語っています。このインタビューは2001年刊行の『キングスフィールド I・II・III 聖典 Verdite Trilogy Perfect Guide』に掲載されたもので、翻訳サイトShmuplationsが2026年2月に英訳を公開しました。西田氏は2022年のAWS公式導入事例に設計セクション リーダーとして登場しており、『エルデンリング』および2024年の『Shadow of the Erdtree』のクレジットにも名前が確認できます。

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NPCとモンスターの同一パラメータ設計——「ゲームのルール」ではなく「常識」で考えた

西田氏はインタビューの中で、RPGの設計に対する独自の姿勢を次のように説明しています。

「RPGに『こうすべき』というルールは本来ないはずです。『他のゲームはこうしている』とか『ゲームのこの部分はこうあるべき』ではなく、『話しかけたらこう返すだろう』『見知らぬ人にはそうそう話しかけないだろう』という常識で考えました。KFIIからNPCを倒せるようになりましたが、内部的にはモンスターもNPCも同じパラメータ設定です。HP、防御力、倒した時の経験値がすべてのキャラクターに設定されています。結局、既存のゲームに縛られていなかったのだと思います」(Shmuplations英訳からの翻訳) ——Shmuplations(原典:キングスフィールド I・II・III 聖典)より

『キングスフィールドII』以降、プレイヤーはNPCを攻撃し倒すことが可能になりました。西田氏によれば、NPCを倒せる仕組みは意図的な設計判断であり、ゲーム内部ではモンスターもNPCもHP、防御力、倒した際の経験値という同じパラメータ体系で管理されていました。「他のゲームのルール」ではなく「現実の常識」を基準にゲームを設計する——その考え方がこの仕組みの根底にありました。

チュートリアルの不在という特徴にも、開発上の事情と設計意図の両面がありました。

チュートリアル不在の二重構造——開発スケジュールと「孤独感」の意図

初代『キングスフィールド』は、説明なくプレイヤーをゲーム世界に放り込むことで知られています。この設計について西田氏は、複合的な経緯があったと語りました。

「心配はしていましたが、同時にプレイヤーがどう反応するか本当にわかりませんでした。ゲームに放り込まれた途端に固まってしまうとは思いませんでした……剣は振れるんだから、なんとかなるだろうと(笑)。正直なところ、開発スケジュールの都合でチュートリアルを作る時間がなかったんです。初代キングスフィールドには必然的に未完成のまま残した部分がありましたが、それらも結果的にはうまく機能しました。ただ、初代キングスフィールドの開発中、神直利社長がプレイヤーに『孤独感』を与えたいと言っていました。だからああいう始まり方にしたんです」(Shmuplations英訳からの翻訳) ——Shmuplations(原典:キングスフィールド I・II・III 聖典)より

チュートリアルが存在しなかった直接的な理由は開発スケジュールの制約でした。しかし同時に、当時の神直利社長がプレイヤーに「孤独感」を体験させたいという明確な意図を持っていたと西田氏は述べています。スケジュール上の制約と設計上の意図がともに作用した結果として、あの特徴的な冒頭が生まれたことになります。

このシリーズの開発では、技術的な進歩がかえって課題を生む場面もありました。

グラフィック向上と失われた「雰囲気」——KFIIで直面した開発のジレンマ

西田氏によると、『キングスフィールドII』の開発で最も困難だったのは、初代が持っていた「雰囲気」を再現できなかったことでした。初代は画質が荒かったものの、ゲームとしての雰囲気は優れていたと西田氏は評価しています。一方で『キングスフィールドII』ではノウハウが蓄積され、より綺麗なグラフィックを描けるようになりました。しかし、その結果「プログラムで作られた見た目」になり、自然な環境の一部としての有機的な印象が失われたと西田氏は振り返っています。

開発チームはこの問題に対処するため、色数を減らしたりパターンを変えたりと様々なアプローチを試みました。西田氏は個人的な見解として、4作品の中では初代『キングスフィールド』が最も好きだと語り、「あの重苦しさと息苦しさが最もよく出ている」と述べています。さらに、現代のグラフィック技術でその感覚を実現する方法を見つけることが、フロム・ソフトウェアにとっての課題であるとの認識を2001年時点で示していました。

KFI開発者からエルデンリングのシステムデザイナーへ——フロム・ソフトウェアでの30年

初代『キングスフィールド』の開発は1994年3月に始まり、同年10月に完了しました。PlayStationが日本で1994年12月3日に発売され、『キングスフィールド』はその13日後の12月16日に発売されています。当時フロム・ソフトウェアは業務用アプリケーション開発から転身したばかりで、全員がプログラマーだったと西田氏はインタビューの中で語りました。

西田氏は『キングスフィールド』全4作の制作に関与し、『キングスフィールドIV』ではプロデューサーを務めました。MobyGamesのクレジット情報によると、西田氏は同社の34作品に名を連ねています。『Demon’s Souls』(2009年)以降もシステムデザイナーやプロジェクトマネージャーなど複数の役職でクレジットが続いており、直近の『Armored Core VI: Fires of Rubicon』(2023年)でもシステムデザイナーとして名を連ねました。2022年のAWS公式導入事例では「設計セクション リーダー」として『エルデンリング』のオンラインサービス運用について語っています。

※本記事はShmuplationsの英訳記事をもとに、関連情報を加えて再構成しています。引用部分はShmuplationsによる英訳からの翻訳であり、2001年の日本語原典の表現と完全には一致しない可能性があります。 ※本記事で紹介するインタビューは2001年刊行の『キングスフィールド I・II・III 聖典 Verdite Trilogy Perfect Guide』に掲載されたものであり、発言は当時の見解です。現在のフロム・ソフトウェアの開発方針を反映するものではありません。

出典

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