『バイオ レクイエム』血まみれのトイレをこすり続ける清掃員ゾンビ。“人間だった名残”が生む怖さ

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『バイオハザード レクイエム』では、ただ襲いかかるだけでなく、人間だったころの行動を引きずるようなゾンビが描かれている。Eurogamerのインタビューで、ディレクターの中西晃史氏とプロデューサーの熊澤雅登氏が、本作におけるゾンビの怖さと、恐怖を持続させるための演出について語っている。

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血に染まったトイレをこすり続ける清掃員、歌い出すスター

血に染まったトイレをこすり続ける清掃員、照明をつけたり消したりする職員、不気味な料理風景を作る料理人。『バイオハザード レクイエム』のゾンビは、ただ襲いかかる敵ではなく、人間だったころの行動を引きずる存在として描かれている。

往年のスターを思わせるゾンビが、歌い出す場面もある。仕事や日常の手順だけが残ってしまったように見える描写は、ゾンビを単なる怪物とは違う存在として印象づける。

「かつて人間だったが、もう人間ではない」怖さ

中西氏は、ゾンビの怖さを「かつて人間だったが、もう人間ではない」点にあると説明している。ゾンビはホラーゲームや映画で長く描かれてきた存在だからこそ、少し普通ではない行動や予測できない行動をさせなければ、継続的に怖く見せるのが難しいとも話している。

本作で中西氏が重視したのは、仕事や日常の動作を繰り返すゾンビが、まだこちらの言葉に反応しそうにも見えることだ。近づいて状況を聞けそうにも見えるが、もちろん返事はない。人間に近いようで、人間ではない。そのずれを、今回の怖さの核として使った。

ゾンビが出ていない時間も、恐怖の一部になる

熊澤氏は、ゾンビそのものだけでなく、まだ姿が見えない時間の緊張にも触れている。どこから出てくるのか、今この瞬間に現れるのかが分からない。その時間は、実際にゾンビと遭遇する瞬間より怖くなる場合もある。

ゾンビを出し続ければ怖くなるわけではない。いつ現れるのか分からない時間をどう作るかも、『バイオハザード レクイエム』では恐怖の一部になっている。

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