『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』『Dark Souls』『Bloodborne』『ELDEN RING』など、シリーズは異なっていても、フロム・ソフトウェアの作品にはどこか共通する手触りがある。では、そうした“らしさ”はどこから生まれているのか。宮崎英高氏は、「これが我々のゲームの作り方」といった意図的な“型”があるわけではないと語っている。
英The Guardianのインタビューで宮崎氏は、そうした“型”を設ければ、やがてそれ自体が古び、保守的なものになると話している。決められたルールや哲学に従うことが前提になれば、面白いものは作りにくくなるという考えだ。
そのうえで宮崎氏は、フロム・ソフトウェアでうまく機能してきたのは、まず自分たちが面白いと思うものを追うことだと述べた。その姿勢が、結果として作品群を貫く一貫性につながっているという見方を示している。
これと重なる考え方は、過去のインタビューでもたびたび語られてきた。『ELDEN RING』発売時の2022年2月に掲載されたファミ通のインタビューでは、武器や戦技について「こうあるべし」という強いルールは設けていないと説明。ルールが先に立つことで発想が萎縮し、保守的になるのを避けたかったとしていた。
また、同年6月の4Gamerインタビューでは、売上や評価を次回作のハードルとして厳密に設定し、それを確実に超えようとすれば、どうしても保守的にならざるを得ないとも発言している。最低限のビジネス上のラインを越えた先では「我々が作りたいと思うこと」を優先し、続編にするか新作にするかも、その意思が判断材料になるという立場を示していた。その考え方に対して、4Gamerから「本当にフロム・ソフトウェアらしい」と評されると、宮崎氏は「それが我々らしさなのか? というと、あまり自覚はありませんが」と答えている。
こうした考えは、そこからさらに10年前の2012年4Gamerインタビューでも語られていた。宮崎氏は、特別な方法論があるわけではなく、まず作りたいゲームのコンセプトがあり、必要な仕組みや要素はそこから考えると説明。「皆がそうしているから」という理由で物事を決めないようにしている、という姿勢も明かしていた。
今回のGuardianでの発言を見ると、宮崎氏はフロム・ソフトウェア作品の共通性について、あらかじめ定められた制作ルールや原則から生まれるものではなく、自分たちが面白いと思うものを追った先に結果として表れてくるものだと捉えているようだ。過去のインタビューでも、強いルールや慣習、過去の成功を次の制作の基準として固定しない姿勢は繰り返し語られてきた。



